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釧路地方裁判所 平成4年(わ)35号 判決 1993年1月25日

裁判所書記官

櫻岡哲哉

本籍

北海道中川郡幕別町札内春日町二九七番地の六

住居

同帯広市一条南二五丁目八番地

不動産業

菅野光夫

昭和一四年七月五日生

主文

被告人を懲役二年及び罰金四〇〇〇万円に処する。

この裁判確定の日から四年間右懲役刑の執行を猶予する。

右罰金を完納することができないときは、金一〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、帯広市大通南一八丁八番地所在のナカタビル二階及び三階において「山一信用商事」の名称で不動産業を営む者であるが、自己の所得税を免れようと企て、平成元年分の総合課税に係る総所得金額が九九〇万一一八四円、分離課税に係る土地等に係る事業所得金額が二億八七九〇万五三八三円で(別紙一修正損益計算書参照)、これに対する所得税額が一億六一六七万七六〇〇円(別紙二脱税額計算書参照)であったにもかかわらず、同年分の所得税の確定申告期限の経過後である平成三年三月一四日、同市西五条南六丁目一番地所在の帯広税務署において、同税務署長に対し、平成元年分の総所得金額が三五九万三三八〇円で、これに対する所得税額が二四万二七〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって、不正の行為により同年分の正規の所得税額との差額一億六一四三万四九〇〇円を免れたものである。

(証拠の標目)

一  被告人の当公判廷における供述

一  被告人の検察官に対する供述調書(二通)及び大蔵事務官に対する質問てん末書(一八通)

一  証人山崎勝則及び同松本耕二の当公判廷における各供述

一  山崎勝則の検察官に対する供述調書及び大蔵事務官に対する質問てん末書(五通。ただし甲20は不同意部分を除く。)

一  高橋精一、吉田政司、高澤誠、宮崎源吉、佐藤孝之心、松本耕二、古田博幸及び横山鋼太郎の大蔵事務官に対する各質問てん末書

一  大蔵事務官作成の調査事績報告書(二通)、脱税額計算書(甲42)及び調査書(一七通)

一  検察事務官作成の電話聴取書及び捜査報告書

(事実認定の補足説明)

一  被告人の平成元年分の所得税の確定申告に際して、同年中に被告人が後記土地の売買に関し後記太成企画から受領した金員のうち三億一〇〇〇万円が収入から除外されていたことは、証拠上明らかであり、当事者間においても争いがない。

本件の争点は、本件確定申告に際して「偽りその他不正の行為」があったか否かである。より具体的には、本件確定申告に際して収入として計上しなかった三億一〇〇〇万円のうち三億円については、それが後記土地の売買代金であるのかそれとも開発協力金であるのかであり、一〇〇〇万円については、確定申告当時被告人がその存在を失念していたかどうかである。

二  前掲各証拠によれば、以下の事実が認められる。

1  被告人は、北海道空知郡栗沢町字宮村三三五番及び三三七番の土地(以下「本件土地」という。)を所有していたところ、太成企画株式会社(以下「太成企画」という。)が本件土地をゴルフ場用地として他に売却する目的で被告人に対しその購入を申し入れた。

2  被告人は、平成元年六月一二日、太成企画事務所において、太成企画から保証金名下に一〇〇〇万円を受領し、本件土地を代金五億円で太成企画に売り渡す旨の覚書を作成した。その覚書によれば、国土利用計画法に基づく北海道知事の不勧告通知を受けた後三〇日以内に代金決済を行うこととし、太成企画が右代金決済をでないときには、覚書は効力を失い、被告人が右保証金を取得することとされていた。なお、右一〇〇〇万円は即時に被告人の銀行預金口座に入金された。

3  平成元年七月中旬ころ、国土利用計画法に基づく北海道知事の不勧告通知がなされ、その結果、右売買代金の決済期日は同年八月中旬ころと鑑定するに至った。太成企画は、本件土地取得後はこれを株式会社ジェネシス(以下「ジェネシス」という。)に転売する予定であったが、ジェネシスや金融機関が売買代金の融通を受けることができず、結局右代金決済期日までに売買代金を工面することはできないこととなった。そこで、太成企画は、同年八月一〇日ころ、被告人に対し、右事情を説明して代金決済期日の延期を求めたが、被告人はこれを断った。

4  太成企画は、本件土地をジェネシスに転売する予定であったところから、なんとしてもこれを入手したいと考え、なおも被告人に対し売買代金に二億円を上乗せすることを提案するなどして、売買契約を締結することを求めたが、被告人は容易にこれに応じず、平成元年八月一一日、右売買代金五億円に三億円を上乗せすることでようやく被告人の了解を得て、売買契約を締結するに至った。なお、被告人と太成企画との間で作成された売買契約書には、売買代金として五億円の記載があり、上乗せ分の三億円及び前記保証金一〇〇〇万円に関する記載はない。

5  被告人は、平成元年九月一一日、太成企画がジェネシスから本件土地の売買代金として受領した額面五億円と額面三億円の小切手二通を、太成企画からそのまま受領し、同月一四日北見信用金庫の自己の預金口座に入金した。

6  太成企画とジェネシスとの間の売買契約書は、平成元年九月一一日付けで売買代金五億円のものと同八億円のものとの二通が作成されており、右各売買契約書にはいずれも開発協力金についての記載はないが、同年八月一日付けの太成企画とジェネシスとの本件土地売買契約に関する覚書には、売買代金五億円のほか、ジェネシスから太成企画に支払うべき開発協力金として三億円の記載がある。また、太成企画がジェネシスに発行した右売買に関する領収書には、額面五億円のものと額面三億円のものとがあり、額面五億円のもののただし書きには本件土地の売買代金である旨が記載されており、額面三億円のもののただし書きには、本件土地の売買代金である旨の記載が抹消された上、開発協力金である旨が記載されている。

三  被告人が太成企画から受領した金員のうちの三億円について

弁護人は、過少申告の場合に逋脱犯の成立が認められるためには、単に所得の一部を申告しなかったというだけでは足りず、所得をことさら過少に申告する行為及びその故意が必要であり、その故意の内容としては帳簿の不正記載その他の隠蔽工作等に徴表されるような逋脱の積極的な意図が必要であると主張し、その上で、被告人が本件土地の売買によって受領した金員のうち三億円は、本件土地に造成される予定のゴルフ場の開発に協力する見返りの「開発協力金」として受領したものであり、これについては、開発許可が得られない場合の返還の要否等についての約定がなかったため、その法的性質が曖昧であり、後に返還を求められて紛争が発生するおそれがあったので、被告人はその紛争が解決して自己の所得であることがはっきりとした後に申告するつもりでいたため、平成元年分の収入として申告をしなかったに過ぎず、他に税の賦課徴収を困難ならしめるような工作はしておらず、所得をことさらに過少申告したものではない、すなわち、被告人には逋脱の故意がない旨主張し、被告人も弁護人の右主張に沿う供述をする。

1  ところで、本件土地は、被告人から太成企画へ、太成企画からジェネシスへと順次売却されたものであるが、実質的には太成企画はジェネシスの所有権取得の仲介をしたに過ぎないものであるところ、前認定のとおり、被告人と太成企画との間の本件土地の売買契約書には開発協力に関する条項はなく(そもそも三億円の記載すらない。)「開発協力金」なる文言は太成企画とジェネシスとの間の覚書及び太成企画がジェネシスに発行した領収書にのみ存するところである。また、太成企画とジェネシスとの間の本件土地売買契約書は売買代金八億円のもののほかに、右覚書や領収書の記載と一致する同五億円のものがあることも先に認定したとおりである。

そして、吉田政司の大蔵事務官に対する質問てん末書によれば、ジェネシスの代表取締役社長である吉田政司は本件土地を太成企画から代金八億円で購入したとの認識であるところ、代金五億円の契約書は、国土利用計画法に基づき北海道知事に届け出て不勧告通知を得た予定対価の額と、太成企画とジェネシスとの間の実際の売買代金額とが齟齬しないようにするため、代金八億円の契約書と同時に作成したものであること、及び、開発協力金三億円の記載のある覚書も、日付こそ平成元年八月一日であるものの、実際には、同年九月一一日の太成企画とジェネシスとの間の売買契約書作成の数日後に、代金五億円の契約書と合致するために、ジェネシスの高沢副社長と太成企画の山崎社長とが作成したものであることが認められた。また、高橋精一の大蔵事務官に対する質問てん末書によれば、開発協力金との記載のある前記領収書は、もともと本件土地の売買代金である旨記載されていたものを、右の覚書の記載と齟齬しないようにするため、同二年九月二一日に至って「開発協力金」と訂正したものであることが認められる。

そうすると、結局、太成企画とジェネシスとの間で授受された金員のうち三億円の名目が「開発協力金」とされているのは、国土利用計画法に基づく北海道知事への届出の際に予定対価を五億円としたこととの辻褄を合わせるためであって、本件土地の最終取得者であるジェネシスから太成企画に対して本件土地の開発協力に係る金員として三億円が支払われたものではなく、この三億円についてもその実質は両社の間における本件土地の売買代金の一部であったものと認めることができる。

2  そして、先に認定した、被告人と太成企画との間で当初の売買代金五億円に加えて三億円が上乗せされるに至った経緯、被告人と太成企画との間の本件土地の売買契約書には開発協力に関する条項も右三億円についての条項も記載がされていない事実、及び、本件土地の最終取得者でゴルフ場開発の主体であるジェネシスと太成企画との間においても開発協力に係る金員として三億円が支払われたものとは認められないことのほか、太成企画と被告人との間では、被告人が元地権者としてゴルフ場開発にある程度協力することが暗黙裡に了解されていたことは窺われるものの、右協力は右三億円の上乗せ以前から了解されていたことであり、三億円を上乗せしたことによって従来了解されていたもの以上の具体的な協力を被告人が行うとの合意が成立したとは認められないこと、被告人が本件土地の売買後実際にゴルフ場開発のために行った協力としては一回程度栗沢町役場を訪れたことがあるに過ぎないことに照らすと、右の上乗せされた三億円は、被告人がゴルフ場開発に協力することの対価として授受されたものとは到底認められず、被告人が本件土地を太成企画に売却することそれ自体の対価、すなわち、土地売買代金そのものの一部として授受されたものと認めるほかない。被告人の当公判廷における供述、証人山崎勝則及び同松本耕二の各証言並びにこれらの者の捜査段階における供述中右認定に反する部分は信用できない。なお、関係証拠によれば、本件土地のゴルフ場開発が滞っていることを理由として、太成企画が被告人に対して三億円の返還を求めている事実が認められるが、その請求の時期等に照らし、この事実も右の認定を左右するものではない。

3  右認定のとおり、本件土地の売買に関して被告人が収受した金員のうち後に上乗せされた三億円も本件土地の売買代金と認められる。そして、被告人がこの三億円を本件土地売買の対価とは異なる開発協力金であると誤認していたものとは到底認められない。被告人には、これが本件土地の売買代金として自己の収入に属することの認識があったものと優に認められる。

そうすると、弁護人の主張は、三億円を開発協力金であるとするその前提において既に失当であり、これを除外して確定申告をしたものである以上、そのような過少申告行為は「偽りその他不正の行為」に該当することは明らかであるし、被告人は逋脱の犯意について欠けるところはない。弁護人の所論中には、過少申告による所得税逋脱犯が成立するためには、過少申告の事実に加えて更に他にも所得隠蔽のための工作が存することが必要であるとの趣旨に窺われる部分もあるが、そのような見解は当裁判所の採用しないところである。

四  保証金一〇〇〇万円について

弁護人は、保証金名下に受領した一〇〇〇万円については、被告人が平成元年分の所得の申告をするに当たり失念していたに過ぎず、逋脱の故意がないと主張し、被告人は弁護人の右主張に沿う供述をする。

1  しかしながら、被告人は、本件土地の売買に伴う収入については確定申告書に記載した五億円のほかに申告しない意図のもとに平成元年分の確定申告書を提出したものと認められるから、本件土地売買に関連する収入である右保証金一〇〇〇万円に係る所得に関しても、その個別的な認識の有無にかかわらず、構成要件的故意、すなわち、逋脱の犯意があるものと認めるのが相当である(なお、このように解することは、脱漏所得の認定計算に関し、犯則所得と非犯則所得とを区別することと矛盾するものではない。訴追段階において犯則所得と非犯則所得とを区別するか否かは、検察官の訴追裁量権に基づく訴因設定の権限に属することである。)。のみならず、前掲各証拠によれば、不動産取引に関わる者の間においては売買契約の保証金は売買代金の一割ないし二割が通常であるところ、本件保証金一〇〇〇万円は予定売買代金五億円に比して著しく低廉であったため、被告人としてはその額にいたく不満があったにもかかわらず、太成企画から保証金を強引に押し付けられ、銀行預金口座への入金手続も太成企画側の者が行うなど通常の取引とはかなり異なる状況で右保証金を取得したものであること、右保証金が入金された銀行預金口座は主として家屋賃貸料を入金するためのものであるため、保証金の預け入れ後は通常の預金額に比較して相当高額な残高が生じていたものと推認されること、被告人は、この預金口座のキャッシュカードを所持して、この口座を利用していることなどの事実が認められ、これらの事実によれば、被告人が右保証金収入のあっことを失念していたものとは考えられない。

2  なお、前記認定のとおり、平成元年六月一二日付けの覚書は、太成企画が約定の代金決済期日までに売買代金を準備できず、被告人が代金決済期日の延期を断ったため、その時点で失効したと認められ、しかも、その後に成立した売買契約において保証金に関して一切触れるところがないことなどに照らすと、右保証金一〇〇〇万円は、右覚書が失効した時点で、その約定に従い被告人がこれを確定的に取得したと認めるのが相当である。そして、右保証金のごとく、契約成立のために交付され、その後当事者の一方の違約により他方が取得した金員は、これを取得した者が不動産業者である場合には、事業所得に係る収入に当たるものと解すべきところ、右保証金がその後に成立した売買契約の代金に組み入れられていない本件においては、右保証金に係る所得については租税特別措置法二八条の四第一項の適用はないと解すべきである。

(法令の適用)

罰条 所得税法二三八条一項

刑種選択等 所定の懲役刑及び罰金刑を併科し、情状により罰金の多額について所得税法二三八条二項を適用

執行猶予 (懲役刑について)刑法二五条一項

労役場留置 刑法一八条一項

訴訟費用 刑事訴訟法一八一条一項本文

(量刑の理由)

本件は、脱漏所得額約二億九〇〇〇万円、逋脱税額約一億六〇〇〇万円、逋脱率約九九・八パーセントという悪質な脱税事犯である。被告人の所為は、納税倫理に著しく背馳するものとして厳しく非難されなければならず、被告人の刑事責任は重いと言わざるを得ない。したがって被告人は厳しい処罰を免れないところであるが、本件は一回の土地取引に伴う単発的な犯行であり反復継続する意思の下に行われたものではないこと、本件発覚後国税当局の勧告に従い修正申告を行っていることなどの事情を考慮すると、被告人に対しては主文掲記の刑を科した上、懲役刑についてはその執行を猶予するのが相当である。

よって、主文のとおり判決する。

(検察官瀧澤佳雄及び弁護人笠井真一出席。求刑懲役二年及び罰金五〇〇〇万円)

(裁判長裁判官 川合昌幸 裁判官 牧賢二 裁判官 蓮井俊治)

別紙一

修正損益計算書

<省略>

別紙二

<省略>

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